高校野球で鳥肌が…

この日は仕事がキャンセルになり、1日オフになった。家の人は図書館に行き、私は家で訳書に使う譜面をフォトショップでせっせと作っていた。数日のブランクにより、自ら定めた「長短問わず一日5曲」というノルマが大幅に滞っていたからだ。


時計代わりに朝から夕方までずっとラジオをつけっぱなしにしている。この日も惰性でスイッチをいれると、高校野球の2回戦の第2試合、八幡商と帝京の戦いを中継していた。


昔はながら作業ができなかった私だが、とはいえ、高校の勉強合宿でしーんとしすぎても集中できないことを知る。一方で、バイト先の歯科医でラジオがつけっぱなしになっていて、そのうち、作業に集中するとラジオがほぼ聞こえなくなることが分かってきた。べつにやる気がなくとも、ラジオを聞きながらぼけ〜っと何かをやっていれば、やがてエンジンがかかってくるのだ。そういうペースを自分で分かっていたし、譜面作成はいわば頭を使わない単純作業だ。この日も聞くともなしに聞いていた。


この試合は、どうやら名門・帝京高校の一方的な試合になりつつあるようであった。解説の人も実況の人も、エースナンバーではない帝京のピッチャーを絶賛している。相手に2塁をも践ませない好投。そこで、八幡の選手について実況の人が語っていたエピソードが耳に飛び込んできた。それは、監督さんが、一人だけ(県大会で?)ヒットが出ない子に、「打ってないのん、おまえだけや」みたいなことを言うて、エラーすると「そやから打てへんのや」(という意味のこと滋賀弁で?)とか言う、と。うわ〜きっつ〜と思いつつ、試合もそろそろどんづまりの9回表にさしかかった。


さっきの話に出てきた、一人だけ打てなかった子が打席に立つ。そのことを、実況の人が示唆し、私も、あああの子か、と思いながら、でもせっせと作業は進める。たぶん無理やろ、と思いながら。



しかし、ラジオからは思いもかけず、キーンという快音が聞こえた。打った? いや正面のライナー? 同時に、満場のとどろくような歓声と実況の絶叫。「○○君の執念がグラブを弾きましたぁぁぁぁ」みたいな。


そのとき、ほんとうに鳥肌が立ったのだ。まるで、感動する音楽を聴いたときのような、ぞわぞわっとする感触が全身に広がった。こういうことって、ほんまにあるんやなあ。


そのあと、とうとう逆転満塁ホームランが飛び出し、その話題一色になってしまったのだが、私はその前のプレイの方が、心に残ったのだった。